小布施で栗が栽培され始めたのは室町時代。 朝晩の気温変化が激しく、開花時の天候がよく、水はけのよい扇状地.さらに、この地を流れる松川は昔から酸川と呼ばれるほどで、その酸性土壌が香りと甘さのある栗を育みました。 治水と食用にと植林が進められ、江戸時代には年貢栗として納めるほどになりました。 なかでも最上の栗は「ご献上栗」と呼ばれ幕府に献上されました。 江戸後期になって、当時普及し始めた砂糖を使って栗菓子が作られるようになりました。

明治時代中期に小布施町で誕生した品種。 種が少なく実がしっかりしているため、煮くずれしないので煮物、油いため、しぎ焼きなどに最適です。 肉厚で濃厚な味が特徴です。

“胴”または“こしき”というのは酒米を蒸す木桶の事です。
酒蔵ではその年最後の仕込米を蒸すと、仕込みも一段落と言う事でお祝いをします。 そのお祝いの名を“胴ころばし”または“こしきだおし”といいます。 そのシーズンでは胴もこしきも使いおさめという意味です。
明治末、桝一がニュービジネスとして栗菓子・製造を始めるようにあたって酒屋で培ってきたノウハウを栗菓子製造に導入しました。 そのなごりの一つが“胴ころばし”という言葉です。

栗の反物は栗の渋皮、葉、おに皮(外側の皮)、花、枝を使い染めたものです。 ブイ(媒染剤)によって茶、黄色、灰色、青、ピンクなどのさまざまな色を染めることができます。